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News / ニュース

2016/02/04 お知らせ

登山界“おちこち”の人、医師、野口いづみさんに聞きました。

   Newsletter 2016年2月号
平成28年2月10日 第379号
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インタビュー連載 第11回

 

山の世界の彼方此方で活躍している人々をたずね、「そうだったのか。」を聞き出します。

日本登山医学会理事で登山医学のガイドラインの査読に関わる、麻酔科の医師、野口いづみさん。近著「実例から学べる!山の病気とケガ(山と溪谷社)」は、ビギナーにもわかりやすいと好評です。

 

 

── 都立武蔵高校山岳部のご出身で、東京医科歯科大学でも登山をつづけられました。当時の高校山岳部は女子部員にはなかなか厳しかったのではないでしょうか。大学卒業後は医師の仕事のかたわらに多くの海外の山を登られました。
 

 高校一年生の夏山は、白峰御池から白峰三山を縦走して大門沢を下る、女子だけの3泊4日の山行でした。20キロ近い大きなザックを背負ってテント泊。高校山岳部としてはハイレベルでした。当時はどこの高校にも山岳部があって、共学校では女子部員も多くて盛んでした。 
 高校生の冬山登山は都立高校では禁止されていましたので、私たちは都立武蔵高校が管理していた大菩薩ヒュッテ(昭和31年築)を基点にした山行をおこない、冬休みには雲取山などにも行っていました。東京医科歯科大学では入学当初は山岳部に入部しなかったのですが、部員と一緒に山へ行くうちに入部していることになっていました。
 卒業してからは仕事でいそがしく、あまり山にいけませんでした。それでも、何とか休暇をねん出して、1989年から海外登山をするようになりました。キナバル、キリマンジャロ、玉山、ウィルヘルム、デマバンド、タークーニャン、トルーカ、エルブルース、アコンカグア、ポポカテペトル、ワスカラン北峰、モンブラン、アバチャ、マッターホルン、ブライトホルン、メンヒ、ユングフラウ、ヤムナスカ(岩登り)、コトパクシ、チンボラソへ登山、山スキーでオートルート、カナダのワプタ氷原へ行き、2009年には日本山岳会日中韓三国交流学生登山で玉珠峰にスタッフ参加し、登りました。2年前の3月には山スキーでドロミテのオートルートをツアーしました。最近は国内登山にはまり、雪山バリエ―ションで白馬岳主稜、阿弥陀北稜、涸沢岳西尾根に行きました。沢登りと山スキーが好きで、黒部上の廊下や利根川本谷などを遡行し、北海道のパウダーも楽しんでいます。年とともに過激になっているようです。


── 山の医療の講演会や鶴見大学麻酔科准教授としてのお仕事で超多忙だったと思います。登山と山スキーに出かけるエネルギーはどこから湧き出るのでしょう。


 大学の准教授の時は死に物狂いで山に行く時間を作りました。早期退職し、さあ、山三昧と思っていましたが、講義、講演、麻酔、執筆などで忙しく、相変わらず、時間のやりくりは自転車操業。こんなはずではなかったと、半ば後悔しています。私のことを、“回遊魚のようだ”と言う人もいます。つまり、動き回っていないと気がすまないというか。エネルギーがどうのというより、ただ単にそういう性分なのでしょう。
 山の医療に関して、年間約30回の講演があります。山と溪谷社から「山の病気とケガ」を出版してから講演依頼が増えました。イラストも私が書いたのですが、実は子供の頃は漫画家か、アフリカへの憧れからゴリラの研究者になりたかったのです。まあ、道を踏み外してしまったというところでしょうか。


── 近年、山での突然死など深刻な事態が身近なところで発生しているように思えます。登山中に遭遇した事故もあったかと思います。また内科的病気ではどういうことに日頃から注意しておくべきでしょう。中高年者は少なからず完全無欠に健康ではありません。


 日本登山医学会では認定山岳医の制度があります。看護師対象のナースコースもあり、やる気満々のナースが山で活躍できるようになればいい、と思います。
 最近、山で遭遇した事故に、1年半前の9月に槍ヶ岳北鎌尾根独標の先、北鎌平の手前で滑落した登山者の救護にあたったことがあります。幸い、意識はあり、脈は正常、頸の痛みはありませんでした。腰の痛みで動くことができず、すぐにヘリ救助の要請をしました。ヘリが飛来し、搬送は夕刻5時半でしたから日没寸前でした。このとき留意したことは、骨盤骨折がうたがわれたので体はあまり動かさないこと、外傷者は低体温症を起こしているので暖かくすることでした。それから励ましの言葉も重要でした。幸い大出血もしていなかったので、この方は無事、救命されました。
 奥多摩でおこなわれる、日本山岳耐久レース(通称ハセツネ杯)に、医療班として参加していますが、以前の大会で御前山で意識を失ったランナーがいました。急いで現場に駆けつけると、意識はありませんでしたが、呼吸と脈拍はありました。AEDを装着して搬送を開始すると、30分後、AEDが除細動を指示しました。AEDは心臓が止まって除細動が必要になると音声で知らせます。電気ショックをあたえると、脈は再開しました。30名前後の消防団員の方が搬送を担当され、一人の命を山中で救うことは大変なことと思いました。
 登山で注意する内科的病気は、狭心症、心筋梗塞、不整脈、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血などで、登山中の突然死や致命的なものにつながる場合があります。また、高血圧や糖尿病、睡眠時無呼吸など慢性的症状もあなどれません。日頃から自分自身の健康状態をよく把握し、定期的な健康診断を受けてください。 特に呼吸循環器系の病気のチェックが重要です。 病気があれば治療を優先させてください。治療によって元の体力レベルに回復する病気もすくなくありません。山でのケガの対処は、近著「山の病気とケガ」に詳しく書きました。

 


── 日本百名山の登り残しが、8座とか。

 

 海外登山の次の山はどこでしょう。百名山を登ろうと思っていたわけでなく、いつのまにか90座を超えていました。残っているのは、荒川、赤石、塩見、草津白根、高妻、越後駒ケ岳、羅臼、富良野の8座です。海外では、米国シアトル近くのレーニアと、スイス・ベルナーオーバーラントのアイガーは登りたいです。山へ行くたびに、自分の心のアルバムの頁が増えていくことが楽しみです。

(インタビューおわり)


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 心房細動で二度の焼灼術を経験したとき、最初は全身麻酔でした。二度目は局所麻酔でしたから、カテーテルが自分の心臓に向かってニョロニョロと進むのがわかるのです。あの感覚はもう味わいたくありません。心房細動を抱えながら、母校山岳部監督として山に登るためにどうしたらいいか、それを考えていた時期が私の50代です。少しくらい病気があっても、山に登るためにはどうすればいいのか、その答えを得ることは多くの中高年登山者の願いではないでしょうか。高山病対処のガイドラインの完成も待たれるところです。登山医学に詳しい、野口いづみ先生のますますのご活躍を祈ります。
 救急車は登山道を登れません。ヘリだってレスキュー万能ではありません。そもそも山の中には医療機関がないのですから、「もしも、そのとき。」に、自分と仲間を守るためにも、少しでも医療知識をたくわえておきたいものです。「実例から学べる!山の病気とケガ」は、読み出したらやめられなくなります。かわいいイラストは野口先生の作品で、一見の価値ありです。

 

(平成28年1月7日聞き手:黒川 惠)